Diary

お引越し

farmhouse-kitchen

日本では新しい区切りが4月のせいか、
転居関連の記事をぼちぼち見かけるようになった。
そういう自分も来月末にお引越し。

この家には28年間住んでいたので、
色んな荷物がありすぎて、
もうガンガン捨てている。

引っ越す先はマンションだし、
収納もそんなに多くはないから、
とにかくミニマムに暮らさなければならない。

でもそんな生活が自分には合ってそうだ。
好きなものだけ厳選して自分の周りにおいて、
必要ないものは買わない、飾らない。
…これは人間関係にも仕事にも当てはまりそうだ笑。

実はずっと手帳が捨てられなかった。
10年位前から、手書きの手帳も使っていて
(アプリのto do的なものも使うけど)
時々手帳を読み直しては、
「ああ、こんなことあったな」
「この時期は辛かったな」とか、感慨に耽っていた。

でも、今回の荷物整理で、
手帳をすべて捨てることができた。
手帳には比較的辛かった時の記憶が記されていて、
読み返しては「頑張ったよな、よしよし…」
なんて思っていたんだけど、
「ハイ!もう終わり!ご苦労様!」という心境が突然訪れた。

もう過去はいらないなって突然吹っ切れた感じ。
と同時に、こだわっていた思い出の品やモノも、必要なくなった。
だってまず、置くところがないし。
感傷的なひと時のために、
貴重な部屋のスペースを割くわけにはいかない笑。

いつか何かに…と
屋根裏に取っておいたウェディングドレスも、もういらない。
20年以上屋根裏に保管してあるだけで、
使ったためしがないじゃないか。
生まれた時に買ってもらった八段飾りのお雛様も、
今はどこにも飾るところがないし、
毎年出してあげることもできなかった。

「どうしよう、お人形さんは捨てられない」と娘にボヤくと
「人形供養のお寺に出せばいいよ!
トランクルームに預けてどうするの、
いつか飾る時があるの?」と潔いコメントをもらって、
なるほどと決心がついた。

子どもたちの小さな時の作品も、大量にある写真も、
成績表も、全部処分だ。
…さすがに写真は数枚残すけど、あとはね、もういらない。

思い出は形として残すものではなく、
記憶に留まっていればいい。
自分の中にある超高性能メモリーカードに記憶した。

ところで新しい家は、ささやかな希望がすべて叶いました。
住みたかった駅、
キッチンに窓かドアがあること、
お風呂に窓があること、
緑に囲まれた住宅街であること、
低層階のマンションであること。

新しい記憶を手に入れるために、
今日も断捨離がんばります。

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2017-01-13 | Posted in DiaryNo Comments » 
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